ミケ日記

2004年9月


9月29日 水曜日 雨

 また台風が近づいているらしい。重苦しい天気だ。

 午後から近くの俳句仲間と句会というので、おるかは俳句五句を考えている。泥縄というやつである。先月も先々月もそうだった。経験から学ぶということが無い。ま、人間の歴史をみるとつい六十年かそこら前の戦争からも何も学んでいないようであるし、おるかだけが愚かというのでもないかも知れぬ。

 午後になって雨風もやや激しくなる中、句友三人が集まってきた。当季雑詠のほか、席代に「狩」「障子貼る」「里」。わいわい話し合って賑やかである。

 我輩がテーブルの下から観察するに、一番若い女性が落ち着いていて冷静である。いつもシャネルのCOCOの香りをさせている人(今日ははなんだか分からない)は句会には慣れていて余裕である。もう一人は真面目で緊張しているようだ。おるかが一番舞い上がっていてみっともないほど喜んでいる。毎日家に籠もったきりで、ろくに人と会話する機会がないせいだろう。

 夜窓に乗って金木犀の香りを嗅いでいたら、台風と眼が合ってしまった。


9月26日 日曜日 曇り時々薄日

 昨日の秋刀魚の匂いが、まだ、家の隅っこにうずくまっている。外猫たちは不思議な声をだして秋刀魚の頭を食べていたが、我輩ははあんまり興味がない。告白すると缶詰が一番好きなのだ。

 おるかはなにか締め切り近いものがあるらしく机に向かってみたりぶらぶらしたり落ち着かない。かと思うと急に本棚の整理を始めたり、集中力の無いやつである。そのくせ我輩が机の上で寝ようとすると嫌がる。まったく勝手なものである。それにしても、涼しくなって良く眠れる。秋眠時を覚えず、いつまでも眠れて我輩は幸せだ。


9月24日 金曜日 雨

 はっきりしない空模様である。こんな日、おるかの寝起きは恐ろしく悪い。爪とぎをしながら見るともなく見ていると、のろのろとパジャマを脱ぐ。皮をむいたようでいつ見ても我輩にはショッキングである。ふと目があったので、おもわず照れ隠しにあくびすると、おるかもガーッとあくびをした。

 午後からはすごい大雨になった。川の水があっという間に茶色に濁る。雨樋をあふれた水が滝のようだ。夜になって、自然災害・水害や土石流の前兆「ここにご注意!」みたいな番組を見て、おもわず裏山を見た。
 


9月23日 木曜日 曇り

 朝、笛と太鼓の音が鳴り響いた。村の秋祭り。獅子舞の一行がきたのだ。おるかとオットセイは喜んで玄関でむかえていたが、我輩は二階の一番奥に避難した。猫のデリケートな耳には太鼓と笛の音は大きすぎるからだ。別に獅子が怖いわけではない。

 午後から、福井県で焼物をしている友人達が来た。工芸の生き字引H氏と以前工房に来たことのあるY嬢。そして陶芸研修生のH嬢、そして物静かな菜食主義者のドイツ人の陶芸家。
 超ブロークン・イングリッシュで、焼物の話をしながら工房を御見せしていたようだ。我輩が二階の窓からみていたら、猫好きのY嬢の差し伸べた優しい手に外猫のシロのやつがやおら猫パンチをだしていた。
 帰りしなにドイツ人氏がシロを「とても内気なんだね」などと言いながら撫でようとした時は、一瞬ひやりとしたが、なにごともなく無傷でご出立なさった。まったくシロというやつは、一見素朴にみえて、切れやすい猫なのだ。それを知らない人間がうっかり手を出すのを見るとこっちが焦ってしまう。そんなこんなで昨日から千客万来で、人疲れしてしまった。なにしろ獅子まで来たことだし。

 最近気に入っている椅子の上で寝る。秋の日差しが気持ちいい。


9月22日 水曜日 雨

 昨日とはうって変わって涼しい。窯場の暑さが心地いいくらいだ。
 
お昼過ぎに青いバンダナの女性があたらしく「加賀名産ナビ」のようなサイトを立ち上げるとかで、写真撮りに急須や食器数点をえらんで行かれた。話しが途絶えると「猫何匹いるんですか」と聞く。我輩の勘では猫大好きな方ではないと見た。

 バンダナ女史がかえるとすぐ、家の前で道を尋ねる声がして、東京で、料理の修行中の青年と長野の女性がみえた。すらりとして見目麗しいお二人。九谷焼を見てまわっているそうだ。「猫何匹いるんですか?」と聞かれておるかは「えーと外猫はタマ、チビタマ、シロ、ヨモギ」と指を折って数えている。何回聞かれているんだ!?いいかげん憶えてないのか?家猫は我輩ただ一匹である。最近はおとなりのクーちゃん二世もしょっちゅう庭先にいる。それにしたって、たったの六匹ではないか!(もう一匹、ペンギンを忘れている)


9月21日 火曜日 晴れ

 この期に及んで今日は金沢で34℃だそうだ。おるかは「きょうは仕事がはかどらないな〜」とぶつぶついっていたが、後で気温をきいて「気力が衰えたせいじゃなかったんだ」と妙な喜び方をしていた。夜になって窯詰め。明日は窯焚き。

 秋明菊が咲いて秋のバラが咲いて、庭の木の影の長さがやっぱり秋だ。


9月20日 月曜日 雨のち晴れ

 今日もかなり蒸し暑い。しかし、葉擦れの音に、もう葉柄が硬くなって来たのを感じる。虫の声も悲痛なほど大きくなってきた。

 ここ数日プチ家出して、冬篭りの前に日光浴している蛇だの虫だのにちょっかいだして遊んだ。田舎なので、一夜の宿にする物置や納屋にはことかかない。が、夜になって、裏山でキツネの吼え合う声がしてちょっと不安。オットセイが探しに着てくれたので、自転車のかごに乗っけてもらって帰る。

 ミケのページがリニューアルされていた。これで我輩もゆっくり日記が書けるようになるだろうか。なんとなくわくわくする。


9月12日 日曜日 曇り時々晴

 我輩には大好きな匂いがある。世間一般に猫の好物ということになっているマタタビなどは、我輩には何の感興も呼び起こさぬ!キャット・ニップにはちょっとクラッとするが、とにもかくにも我輩に吾を忘れさせるのはミントである。あぁ、さわやかなあの香り。北アフリカではナナという。その名にはメソポタミアの太母イナンナの恩名の響きが揺曳している。日本語だっておナナといえば菜っ葉である。かくのごとくミントこそ植物の中の植物、といえるだろう。

 ミントの香りがするので、時々オルカが肩や首に塗っているアンメルツを舐めてしまう。昔はオットセイがミント・タバコを吸っていたので、箱ごとぐちゃぐちゃ噛んでたのしむことができた。「そんなもん口に入れてよく平気だな」とあきれた風におるかはいう。

 猫の舌には味蕾は六百くらいあるとテレビで言っていた。犬はあのでかい舌で七百だから割合から見れば猫は決して味音痴ではない。ちなみに人間は味蕾が九千もあるとかで、おるかはそれ見ろという顔をしたが、そんなのは雑食性だから食物のよしあしを見分ける必要に駆られて増えたのに違いない。下品な能力である。


9月8日 水曜日 雨

 外猫のゲロが淋しく解けてゆく静かな雨だ。胡桃の木に降った霧雨が複葉の間で大粒になって枝の間をまっすぐ落ちてゆく。東が明るくなってきた。


9月7日 火曜日 台風

 木が揺れるたび破風の呻きがものすごい。記録的に強い風の台風が接近しつつある。我輩の毛皮もびりびり帯電するかのようだ。今日は何処に寝ても暑い。

 人間達も暑い暑いとこぼしながらぼそぼそ仕事している。我輩がやっとうとうとしかけたとおもうと、おるかがきて、「よしよし怖くないからね」などと意味の無いことを言って撫でてゆく。我輩をだしにして、本当は不安なのはおるかの方だろう。じつに迷惑だ。

 何回目かに、さすがの我輩もうんざりしたので、まず前足でぎゅーっと手に抱きついて頭を擦り付けける。「まぁ!」とちょっと喜ぶところに思い切り後足キックをくれてやった。


9月2日木曜日晴れ

 このところ昼間はロクロ場で寝る。庭をうろつく外猫達は我輩を見ると唸る。といって入って来るでもない。UちゃんTちゃんに何くれとなく慰めてもらいつつまどろむ。まだ青いかえでの葉を漏る陽射しが心地よい。

 三時ごろオルカが高野山名物みろく石というお八つをもってきた。台風のあいだ姿が見えないので自分だけ自主非難しおったかとおもっていたら、高野山にいって嵐を聞いていたのだそうだ。酔狂なことである。「みろく石」を嗅いでみたが、どうということのない餡入りの素朴な焼き菓子だった。
縁起がいいというだけでありがたそうに食べる人間とは、よっぽどココロにやましいものがあるのであろう。


9月1日 水曜日 晴れ

 台風16号が過ぎて急に涼しくなった、一晩中家が揺れて怖かったが、明けてみれば植木鉢の千両が倒れたくらいでほかに被害もなかった。

 高野山からもどったオルカはたまった仕事の片付けで手首が痛いとこぼしている。道楽者のいっとき働きとは、よくいったものである。

 午後お隣のおじいちゃんのお友達という二人の婦人が見えた。山菜取りのついでに寄ったというのにきっちりお化粧をしている。眉毛はビビアン・リーで格好は「ヴァージニア・ウルフなんか怖くない」のエリザベス・テーラーのようだ、といったら凄い美人のようだが・・・・・。
「あ、これすきや〜!」「あんた、そっちの素敵やね!」と声を掛け合いながら焼き物を見る。「こんなん、ツルキの奥さんならきっと欲しがるわ。」「そうや、バイクに乗らはって、凄くきれいな人やぞ〜!」と元気いっぱいにお話になる。外猫の皿を見て「立派な皿で食べとるゼイタクな猫や!」「ゼイタクやゼイタクや」といいながら帰っていった。


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