ミケ日記

2006年2月


2月28日 火曜日 雨

 なんだかいつまでも寒い。トリノ・オリンピックも終わり。閉会式もとっても派手で美しく楽しそうだったが今回のオリンピックは赤字だったそうだ。

 フィギュア・スケートの荒川選手はテレビに出ずっぱりのようだが、時差もあるだろうにけなげに受け答えしていた。なんだかとても素敵な女性だ。ファンになってしまった。

 絵付けの部屋に棚をつけてもらおうと大工さんに来てもらった。大きな壁面があるのはすっきりしているが、どうにもモノが増えて収拾がつかなくなってきたのだ。モノというのは錆のようにいつの間にか増えてしまうものだ。


2月26日 日曜日

 一輪草がやっと咲き始めた。ふっくらした莟がかわいい。午後から薄日の射す合間に、おるかは庭の雪折れ枝の整理などをしていた。するとおとなりのラッシュちゃんが枯れ枝を咥えて意気揚々と駆けて来て飛びついたものだから、丁度腰をかがめていたおるかはモロに泥の中に突っ伏した。まだ子供というか子犬なのだがさすがに ラブラドールは大きいし力持ちだ。おるかはやけになったらしくなおも飛びつくラッシュちゃんと思い切り泥んこになって遊んでいたが、賢いラッシュちゃんはこれでおるかは泥んこ遊びが好きなのだとしっかり学習したに違いない。


2月24日金曜日 曇り

 フィギュア・スケートで荒川静選手が金メダルを獲った。一日中そのニュースで持ちきりだ。我輩もおるかと並んでテレビを見た。イナ・バウアーという技は人間のわりには優美なものである。背中を反らせる姿勢は我ら猫族はあまりしない。できないのではない。猫には不必要な姿勢なだけである。


2月20日 月曜日 曇り

 寒い。トリノ・オリンピックの日本人選手の成績もお寒い。夏のオリンピックは、さすがに世界中からさまざまな人種の選手が集うが、冬のオリンピックはどうもコーカソイドの祭りといった印象だ。放映権の支払いも,、アメリカの abcニュースだったかどこかの一局のほうがNHKと民放を合わせたより四倍多く払っているそうだ。ウインター・スポーツの人気は日本よりずっと高いらしい。

 ジャンプ競技などかつて日本選手が金メダルをとった後、規定がかわって、小柄な選手に非常に不利になったと聞く。リュージュやボブスレーの参加がドタキャンされそうになったときも、オリンピック委員会は横暴だと思ったし、日本側も、もっと毅然とした態度をとるべきだと感じたのは我輩一匹だけではないだろう。

 とはいっても、寒い中、人間たちはご苦労なことである。我輩は炬燵で丸くなるほうがずっと好きである。


2月18日 土曜日小雪のち晴れ

 家庭画報から連絡があって「色絵特集」のための取材はキャンセルになった。器は使ってくれるそうなので一番けっこうだ。「どうも取材というのは苦手ですよ。」とおるか。「写真なんか撮られると照れちゃって。器の写真だけでいいじゃないねー。」

 編集する側からすれば器の写真だけじゃ間が持たないのかもしれないが、おるかは風邪、オットセイは花粉症、のマスクの顔をならべても、どうせ絵にならなかっただろう。

 散歩にでたくて戸を開けてもらったらそこにタマがいた。驚いた。興奮しておるかの足に噛みついたり追いかけたりした。「落ち着けよ!」というが、落ち着くためにやっているのだ。

   バルチュスの描きし絵本の猫の「ミツ」読んでくれたら大人しく寝む  ミケ

 この絵本、言葉はないのだ、フフhh。


2月17日 金曜日 雪

 またも雪。消えるかと思えば雪。もう沖縄のネコがうらやましい。それでも、もし全然雪の降らない土地に移住したら、それはそれで雪景色が懐かしくなるのだろうか。橋カン(門構えに月)石氏は金沢のお生まれで神戸に御住まいだったが、句集に「雪」があるのを見ても分かるとおり雪を大変に懐かしんでいらっしゃったようだ。氏の雪の句は本当にいい。猫の句も、無論いい。

 飯田龍太全集を読んでいる。随筆がまたすっきりして後味のいい文章である。それにしても全集十巻の中で俳句は二巻だけ。本当に俳句は短いのだなーといまさらのように思う。


2月15日 水曜日 

 お隣のおじいちゃんが川沿いの斜面を覗き込んでいた。一輪草を探しているのだろう。去年の日記をみると確かに今頃はその場所に今年初めての花の莟が上がっていたのだ。おるかは風邪。ぐすぐすいいながら仕事をしている。

 我輩も散歩ができないので運動不足だ。おるかは時々我輩のお気に入りのカラフルな紐で遊んでくれるのはいいがすぐやめてしまう。飽きっぽい人間だ。「おまえが気が長すぎなんだよ」というが、じっくり狙って飛び出すのが狩というものなのだ。

   仇のように蹴って齧って気がつけば抱いて寝てをりアンデスの紐   ミケ


 2月13日 月曜日 晴れ

 昨日とは季節が一ヶ月くらい違うような穏やかな晴天。柿木にメジロがきている。おるかは祥瑞水差のための鳥のサンプリングのためか、メジロを食い入るようにみつめている。「空飛ぶ鶯餅だなー」とボソッと言った。

 ごごになって頭痛がするとか行って仕事を早く切り上げ、そのままぐずぐず炬燵に入ってテレビをみている。オリンピックのトリノの空はものすごい晴れだ。日本人選手はふるわないようだ。我輩も一緒に炬燵でスノーボード・ハーフ・パイプを見る。「ボランティアで通訳したときをおもいだすなー」と、おるか。「スノーボードの選手の年齢は若いから、あのときの子たちはもういないだろうな」と感慨にふけっていた。

 しかし人間とは次から次にさまざまな競技を考え付くものである。スノーボードなんて我輩はぜったいしたくない。どうもアメリカが金メダルを増やしたくてオリンピック種目に入れさせたのではないかとかんぐりたくなるくらいだ。日本人選手も前評判は高かったらしい。我輩はこまかい判定基準などわからないが、上位の選手達の滑りの迫力にはまったく及ばない印象だった。


2月12日 日曜日 雪

 この冬の雪は、少し消えたかと思うと、またぞろ降って来る。しつこい雪だ。雪が降っていると我輩も外に出る気がしないが、おるかもそうらしく、図書館から予約図書の届いたお知らせが入っていたのに出かけない。仕事場にこもって祥瑞の水差しのデザインを始めた。これまでの、いかにも祥瑞らしい文様を描きこんだのではなく明るく清雅なものにすると意気込んでいる。

 冬季オリンピックがはじまって開会式のようすが何度も流される。イタリアらしく(?)賑わしくきれいだ。オノ・ヨーコさんまで登場したのには驚いた。赤いフェラーリかっこいい!日本だと式典のテーマとなると「世界の発展と平和」とか、なんとなく仰々しくなるが、もろに「すごいぞ!イタリア!」という感じなのがほほえましい。


2月10日 金曜日 朝、晴れ

 今朝の冷え込みはきびしかった。しかし窓から差し込む光の華やかさはたしかに春めいている。光の中で全身を舐める。あぁよくぞ猫族にうまれけり!

 このところテレビをつければ「トリノ!トリノ!」とかまびすしい。鳥のオリンピックなら我輩だって見たいぞ。しかし人間も随分高く遠く飛べるものだと感心する。ジャンプ競技など「あれなら雉や山鳥よりは上だ」と思う。フィギュア・スケートの選手達はまさに小鳥のようだ。おるかも「ミキティー!」と画面にむかって叫んでいる。バカ丸出しである。


2月8日 水曜日 曇りときどき雪

 今朝は久しぶりで陸放翁こと陸遊(ほんとうはサンズイの遊)の詩をひもといた。陸放翁は雨が好きだった。「どの季節の雨もいい」と書いている。「雨の音を聞いていると具合がよくなる」とまでいうのだからなかなかである。そして夢をよくみる。そんなところも我輩は気に入っているのだ。猫だって夢は見る。しかしその内容は人間には秘密。

 陸放翁は夢でいろいろな所へ行く。[某氏の庭]と、やたら具体的なところから、はるかな古戦場まで。廟に参詣したり神出鬼没だ。研究者の中には、想像したということなのではないかと考えるものもいるらしい.が、おるかだって「アー今日は疲れたからバリ島行こう!」なんて寝る前に写真をじっと眺めると、夢でウブドの緑濃い棚田を前に花を浮かべたお風呂に入ったりできるそうだから、陸遊だって、行きたいところの夢をみるくらいできたにちがいないと我輩は思う。

 陸遊は蘇軾の影響を受けているだろう。おるかは蘇軾のほうが詩も書も上だという。陸遊は蘇軾より大雑把というか多少隙があるというか、夢見て失敗するというか、そんな人物のようだ。おるかは自分が大雑把で隙だらけなものだから、同属嫌悪的なところがあるのだろう。陸遊の父親は蔵書かで有名だった。もちろん陸遊も読書家で、そんなところはちょっとボルヘスを思わせもする。本を鳥の巣のようにごちゃごちゃにしていたので書巣(しょそう)と称した。そこもおるかと似ている。それらの書籍を鼠から守るために飼っていた猫に捧げる詩があったと思うが、どこへしまったものか見当たらない。そのうちの一匹の。たしか粉鼻(鼻が白かったのだろう)とか云う猫と我輩もいっぺんゆっくり田舎暮らしの機微を話し合ってみたい様な気がする。


2月6日 月曜日 曇り

 我輩はミケ、猫である。また新しい1週間が始まる。我輩は月曜日が好きである。しかし寒さはあいかわらずきびしい。このところ散歩は諦めて我輩は読書三昧である。夜寝る前には図書館で借りた本をガツガツ読み、朝は小一時間ほどのどかに、閑適の詩などを読む。考えてみると朝はほぼ毎年同じパターンのようだ。

 秋になればボードレール、俗物と思うことなかれ。我輩も八年の春秋をけみして、過ぎ去った盛りの夏への思いがしみじみわかるようになったのだ。お正月には催馬楽か閑吟集など中世の歌謡、四月はもちろんT・S・エリオット。「四月は一番無情な月」とおるかは毎年泣いている(花粉症なのだ)。またはディラン・トーマス。五月になるとランボーが読みたくなってくる。そして、二月三月はなぜか漢詩を読みたくなる。

 このところ黄葉夕陽村舎、菅茶山を読んでいる。平穏な長い生涯の清澄な詩境は心地よい。茶山の日記を読むと連日詩友と酒盛りみたいだが、江戸時代、武士階級の閑適が、この国の文化を下支えしていたのだ。だから我輩は現代のニートと呼ばれる若いもんたちも、趣味を深め、ウグイスの鳴き方や朝顔の新品種作りなどして、旗本三男坊的暮らしをたのしめばいいのではないかと思う。家族の脛を齧って趣味に生きる。文化的ではないか。猫的発送すぎるかな?


2月5日 日曜日 小雪

 新潟津南町では積雪が4メートルを越えたそうだ。4メートル!我輩でも飛び降りるのには躊躇する高さだ。屋根の雪を下していて亡くなった人がこの冬は随分多い。お気の毒である。なにかボランティアでもしたいくらいだが、我ら猫族は高いところは平気だが寒いのには弱いのである。新潟あたりの野良猫はどうしていることだろうか。心配である。

 午前中に名古屋から小さなお嬢ちゃん二人を連れたご一家がお見えになった。山代温泉で蟹を、しばらく見なくてもいいくらい食べてたべていらしたそうである。うらやまし。

 ご主人は子供の時、ご両親と加賀に旅行に来たことがおありなのだそうだ。その時、 お求めになった九谷焼をご両親が毎年楽しく大切に使っていらっしゃるのをずっと御覧になってきたとか。そしていま、今度はお子様を連れて焼き物を買いに来ていらっしゃる。テーブルの下で我輩は聞いていたのだが、なんだかいい話だとおもった。おるかもうれしそうだった。


2月4日 土曜日 雪

 節分が過ぎたのにまたもや雪。しかも踏むとキュッキュッと音のするような粉雪だ。我輩もあまりの寒さにベランダに出ただけで散歩する気も吹っ飛んだ。家の中に戻っておるかとしばらく追っかけごっこをして遊ぶ。

 おるかは通販のカタログを読みふけっている。辺鄙な所に住んでいるから通販は何かと便利なのは分かるが、異様なまでの読み込みである。春のファッションらしいパステル・カラーが我輩の目にも明るく映る。おるかはファッショナブルではない。着ているものといったら相も変らぬジーンズ、T−シャツ、ごくベイシックなセーターの、それもフランス・サイズの15歳ギャルソン(男の子)用をもっぱら愛用している。一昔前なら、トランス・ヴェスティストと判断されても仕方のない格好である。

 それでもテレビでパリやミラノのコレクションをやっているとあきもせず眺める。「それはね」とおるかはもったいぶって言う。「ベンヤミンが書いているように、”モードはとてつもなく未来を予感させてくれるから”なんだよ」「それは”未来に待ち構えているものを感知する女性集団の類稀なる嗅覚のためである。新しいシーズンが来れば、その最新の服飾のうちには来るべき物を告げる何らかの秘密の旗印が必ずふくまれている。”からなのさ」「もっともその”たぐいまれなる嗅覚”というもが。最近、ちょっと怪しくなってきている気がしてかなしいんだけどね。グローバリズムか教育のせいか知らないけど」と憂い顔をしてみせた。

 このところ、女性のファッションの中にまたギャザーやプリーツやフリルなどが増えている。これは何を意味するのだろうか。

 19世紀の終わりに「ひだ寄せ機械」が登場してファッションのバロック化を推し進め、それは二十世紀になってシンプルなドレスがシックで高級という発想の転換がなされるまで続いた。その流れが、また一回り巡り戻ったのだろうか。シンプルを追求して美しい裸こそが、最高のファッションということになると、ごく限られた人しか”最高のファッション”を享受できないから、そのイデオロギーの大衆化は難しかったのだろうか。


2月2日 木曜日 小雨

 とても細かな雨。でも雪はちょっと目をそらす間にも減ってゆく。雨の間をみては、おるかは、一輪草の目が出ていないか橋の袂まで見に行く。そのあと、家の周りをくるりと回って、裏の小さな流れに水芭蕉の芽を捜す。大体タケノコじゃあるまいし一日でそんなに成長するはずもないのに、よくもまぁあきないものだと呆れる。と、我輩の考えが分かるのか、「お前は風流というものをしらん」とやおら振り返って言った。自分のあほらしさに麗々しく名前をつけて我ら動物よりも高級であるかのように思い込む。人間というものは始末に終えぬ。

   雪行脚風雅といへど死にもせで  ミケ

 オットセイとおるかは水浴びが好きなので、町外れの市営のお風呂へ行った。ゴミ焼却炉の熱を利用した施設、ダイオキシンの湯だそうである。このあたりは温泉が多く、山代温泉、山中温泉、ちょっとしょっぱい片山津温泉その他いろいろある。お隣の谷には三谷温泉がある。この谷筋も掘れば必ず温泉が出ると人はいうが、誰も掘らない。あくせく村おこしなどしないこの地区の住人は優雅である。


2月1日 水曜日 霙、雨

 ひどい天候の中図書館へ行く。驚いたことに車の入れないはずの図書館の玄関前に、大型の乗用車が停まって、中の女性が図書館から出てきたご老人とにこやかに話をしていた。そしてそのまま植え込みと自転車置き場のあいだを走り去って行かれた。雪の日の珍事ということにしておこう。

   公園に突っ込んでゆく雪女  ミケ

 お昼ごろ、大工さんがきてお風呂場の改修がはじまった。知らない人がいるし音はするし、我輩の繊細なる神経は大いに乱されたのである。二階のオットセイの布団でひたすら丸くなって寝る。


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