ミケ日記   2007年2月

2月1日 木曜日 小雨

 おるかは九谷焼美術館のミュージアム・ショップ兼茶房へ展示品の入れ替えにいった。ところが向うに置いてあるのと同じものを,御丁寧にまた持っていってしまって、猫雛だけ置いてきた。はっきり言ってアホ。


2月3日 土曜日 晴れ

 きょうは節分。おるかは朝から豆をバリバリ食べている。鬼か?
「恵方に向ってかなんかしらないが、太巻きをまるごと食べるなんて美意識に反するね」などと偉そうにいいながら葉書に絵を描いていた。

 料亭の玄関に飾っていただけるのだそうで季節ごとの短歌や俳句を添えて時々送る。今回は万葉集の春の歌を書いていた。万葉集はいい。言葉の響きがなんとも魅力的だ。


2月7日水曜日

 ホームページに載せた猫雛を それぞれ荷造りして送る。あちらこちらに御輿入れだ。家にあるのはもう一組だけになってしまった。茶房古九谷に置いたのもどこかへ御輿入れになるだろうか。自分の分がなくなってしまったとおるかはぼやいている。


2月8日 木曜日 曇り

 オットセイが出かけた隙に我輩はワードでエッセー二千字ほどかいてイラスト二枚を添えた。題名は「ミケ的生活」。これで明日 発送すれば締め切りに間に合う。ホッ。締め切りこれで二つ目クリア。おっと投句締め切りがまたせまっている。おるかの貧乏暇なしが我輩にもうつってしまいそうだ。いかんいかん、猫は優雅でなけりゃね。


2月11日 日曜日 晴れたり曇ったり

 今日は何の日?「ビートルズが日本に来た日」おるか。建国記念の日?もっと古いと紀元節とか。関係あるのかどうかしらないが「大化の改新の真実」といった内容のテレビ番組(タイトルを見なかった)を見た。
 蘇我入鹿は逆臣で、(当時としては進んだ政治形態の中央集権への)改革の反対勢力といった扱いをされてきたが、実際は、中大兄皇子らが視野の狭い保守反動勢力だったのだ。
 保守反動が改革のマスクを被ってみせるのは昔も今もありがちなことらしい。


2月15日 木曜日 強風 雪

 きょうは福井県池田町水海の鵜甘神社で田楽能舞が行われる日だ。

 早朝の朝戸開きから水垢離をとって田楽四番能楽五番が舞われる。田楽ではアマの舞もある。これが特に見たかった。今年は雪が少ないだろうからと車で出かけるつもりだったのに、今日のこのお天気ではちょっとびびる。霰が降り出したときはきっぱり無理だとあきらめた。すると誘うようにふっと日が差したりする。あぁ北国日和定めなし。エーン!!

来年は前日から泊まって朝戸開きから見てやる!


2月16日 金曜日 晴れ

 春一番が去ってみずみずしい青空がひろがった。いただいたアマリリスとチューリップが開ききった。我輩が猫の目線から見上げると、アマリリスは天空にそそり立つ塔のようだ。淡いピンクの花を四方にむけて、巨大だが可憐だ。おるかは何を思ったか、その花を東西南北に合わせた。奇跡でもおこるのだろうか。

 人間たちは新鮮な日差しを楽しむこともなく、ささやかな仕事に没頭している。杜甫のように白髪になってから「今春みすみす(目の当たり)また過ぐ』と嘆くことになっても知らないぞ。我輩は日向にひろげてあった本の上に乗った。これが我輩の読書スタイルである。
 マイケル・カニンガムの「星星の生まれるところ」だ。映画もヒットした「めぐり合う時間たち」の作者である。短編集の始めは「機械の中」。一言で言うとパトラッシュのいない「フランダースの犬」(「機械の中の幽霊」折込)というところか。ホイットマンの詩はいいけどねー。なぜか「ちょっとペダントなアメリカ人の心の琴線に触れるのに巧みな」とか皮肉な見方をしたくなる何かがある。我輩がひねくれてるだけなのか。ただこの作者が上手すぎるからか。


2月17日 土曜日 曇り時々雨

 寒の戻りか寒い日だった。人間たちはそれぞれ仕事にかかりきっている。おるかは今週になってから二度目のポカをやってオットセイに呆れられている。最近になってこうだったら若年性の痴呆を心配する所だが昔ッからそうなので、要するに天然ボケなのだ。

 雨の晴れ間に我輩は散歩にでた。と、見知らぬ虎猫に出くわして久々の怒鳴りあいとなった。さすがに部屋に閉じこもっているおるかにも聞こえたと見えてドアを開けてくれた。
 気が付く我輩はとヒーターの後ろにまわっていた。我輩は脅えたのではない。ただ身体がそういう具合に動くだけである。

「なんて声だ」と、おるか。「性格よさそうないい若い衆じゃないか」。余計なお世話だ。我輩は孤独を愛する孤高の猫なの!

あのトラは猫漫画の「タマよ」にでてきた若造かもしれない。タマはあやつなりのやりかたで撃退したようだったが。

辻原登「だれのものでもないかなしみ」の上に乗る。この題名はリルケの詩句「薔薇よ あまたの夢のなかのだれのものでもないよろこびよ」からとったのかね。
 中国の金魚のいろいろには興味を持った。人間の妄念が形をとったようなさまざまの金魚と、それに又惹かれるにんげん。凝った構成で力量のある作家なのは分かるが、我輩は主人公の片方の、悪人というほどでもないけれど、運命にずるずるひきずられる破滅型の男がすきになれないのである。絶世の美男だったらしかたないとしても。で途中でやめて隣の本に乗った。

 津原泰美「赤い竪琴」、これは古楽器を作る職人とにであったデザイナーの女性の典型的なボーイ・ミーツ・ガールの恋愛もの。夭折した詩人の遺稿を小道具にして過去の恋人達の物語がフーガのように絡む。鯨の歌がでてきた。金魚の後に鯨。別に美味そうだと思ったわけではない。けっこう甘い小説だった。

 人間達の小説はどうしていつもあぁストーリーがワンパターンなのだろう。我輩は、だからストーリーがうずもれて分からなくなってしまったような、ほとんどないような小説がすきだ。







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