ミケ日記   2007年6月

5月10日 雹 雷雨

 夏日だった昨日とはうって変わって今日は朝から北風とともにかみなり。野外で出会う雷は恐ろしい。たちすくんでいると突然に雹が降ってきた。そして大雨、大雷雨。鬱王にあうより我輩はびしょぬれになるほうが怖い。我輩はミケ、猫である。ご存知とは思うが

大雷雨鬱王と会う朝の夢   赤尾兜子

の句を思い出したのである。兜子は言語感覚の鋭さに天才的なところがあった。中唐の詩人、鬼才と言われた李賀を愛したのもなっとくできすぎという感じだ。

 さて黄金週間はいいお天気で、我輩は別荘を渡り歩いて外泊をつづけていた。その間、おるかは3日に句会をしたほかは、ほとんどの日を庭弄りに費やしたらしい。といっても力がない上に「弄ることに意義がある」といった、計画性もヴィジョンもない土いじりなので見た目にはたいして変化はないのだ。それでも本人は、絵付けの机から眺める庭の小道に微妙なカーブができたと悦に言っている。<紫蘭の小道>だそうだ。裏の<エビネの小道>の方は、もうすぐ水周りの工事に入る予定なのでその後に仕上げるつもりらしい。それにしても、ちょっと見ない間に、おるかはまた少し痩せたようだ。胃の具合が悪いらしい。

 雨の日に読んだ本のなかで谷川健一の全歌集が印象深かった。民俗学者の谷川健一氏は六十歳になってから歌を書き始められた。もちろん十代の旧制高校時代(?)に詠まれた歌も纏められていたからなるっきり初めてというわけでもないのだろうが、時空を遥かに旅してこられた巨人の詩嚢の豊かさには圧倒されるばかりだ。久々に歌集を読んで感動した。感動なんて簡単に口にすると小泉元首相みたいで嫌だけれど、本当だから仕方がない。


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5月13日 日曜日 晴れ

人間達の世界では今日は母の日だそうだ。我輩は母を知らない。無論父親も分からない。おそらくこの村のどこかに住んでいた猫なのだろう。それらしい三毛猫は見かけないからもう死んでしまったのだろうか。我輩はミケである。孤高の一匹猫である。

この家の人間たちは、それぞれ勝手なペースで仕事をしているが、最近おるかは日曜は休日にしたらしい。嬉しげに草を毟ったり植え替えをしたり半日ほど過ごして、イラストをかき始めた。

題して「尾崎紅葉旧居の化け猫の図」だそうである。やれやれ。それでもあぁでもないこうでもないと夜までかかっていた。


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5月14日 月曜日  晴れ

午前中歯医者さんに行ってから、釉薬をかけたり軽く仕事。夜になってイラストを仕上げたというか諦めたというか。

新聞社に送るべく荷造りしていると先だって描いた「白秋旧居跡の坂道」がでてきて、こっちのほうが線が綺麗だったなと思ったが、まぁこんかいは「化け猫」でいくことにする。


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5月15日 火曜日晴れのち少し曇り

久しぶりで図書館に行った。

「人生の特別な一瞬」長田弘、こういう仰々しい題名でさらりと書けるのはお人柄だろう。

「くちぶえカタログ」松浦弥太郎、本を買いまくるという素晴らしい仕事をなさっている方のとてもいい感じの文だが、なんで、こんなにアメリカがお好きなのだろう。

「美術のアイデンティティー」佐藤道信、シリーズ近代美術のゆくえの内の一冊、行くものは行くがいい。

「バルトー距離への情熱」渡辺諒  このバルトはお相撲さんではない。

その他

最近美しい日本語に浸りたいと思っているのだけれど、これと言う小説やエッセーが見当たらない。誰かいないかな。文章がよくて、中身に味があって、目からウロコの発想のある書き手。

図書館からの帰り道、村へ向う新道から眺める新緑の山並みの美しさに「うわー」と声がでた。緑金に輝くなだらかな尾根の上のわずかに灰色の溶けた空の広さ。


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5月17日木曜日 雹、大雷雨、時々曇り

ともかくめまぐるしくお天気の変わる一日だった。丁度お客様の見えられたときには物凄い土砂降り。午後も遅くなってから雲の切れ間が見え出した。

お客様は若い方で、熱心に粘土に触れて行かれた。礼儀正しい方だった。

夜、トラ猫が我が物顔に中庭を歩いていた。我輩と目が合うと、おるかも玄関から顔を出していたと言うのに平然とヅカヅか寄ってくる。思わず逃げ出してしまった。


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5月20日 日曜日 晴れ

 おるかは明日アップする予定の「文様あれこれ」を一日書いていた。オットセイは退屈なのかその隣でテレビを見たりかなりの音量でギターを弾いたりごろごろしている。
 「もっと余裕をもって書いときなさいよ」などと何度も言う。おるかはここのところ体調がなんとなく冴えなくて夜は早め(といっても12時ごろだが)に休んでいたので、推敲する時間がなかったのだ。「そりゃー、趣味で書いているものではあるけど、多少励ましてくれてもいいじゃないか」と不満そうである。

厳しく言われて奮起するタイプの人も世の中にはいるが、おるかは全くその逆だ。自分に自信がないのだろう、すぐしょんぼりしてしまう。
 そして、たまに誰かに誉められたりすると有頂天になる。けっこう御しやすいタイプである。


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5月21日 月曜日 晴れ

 午後から家の裏のシャガの花を見に友人がきた。ずっと加減が悪かったらしいが少し元気になったのだろうか。丁度、とどいた美味しいスコーンがあったので、アガサ・クリスティーの食卓について話ながらイギリス風にお茶。
 我輩に向って「ミケ!」と馴れ馴れしく呼び捨てにするので、思わず威嚇してしまった。我輩はだれにでもニヤ付くチェシャ猫ではない。

アガサ・クリスティーとアガタ・クリストフを同一人物だと思ってる人がいたが、ヘンリー・ミラーとヘミングウェイを混同する人もなぜか多い。ついでにリー・ミラー(写真家)をヘンリー・ミラーの親戚だと思ってる人とか。


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5月22日 火曜日 晴れ

 建築家のO氏が、おしゃべりにいらした。
 少し前にヒマラヤにトレッキングに行って来たそうだ。「ポカラ宮殿から、魚の尻尾という名前の山とアンナプルナの連邦を眺めたら思いがけず涙が流れました」と笑う。しかし氏にとっては、ヒマラヤに行ったことより、せんだって近くの大日山に登ったら、その間一人の人間とも会わなかったということのほうが、驚きだったらしい。なにごとも人それぞれなものだ。


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5月25日 金曜日 小雨

 家の水周りの工事が始まった。ものすごい音。それになんとなく床が振動しているような気がする。我輩の繊細な神経には耐えられない。一日中二階に籠もってひたすら寝て過ごした。
 午後になって絵付けの部屋の窓から覗くと、外猫たちは工事現場から遠くない植木鉢の中で平然と寝ていた。図太い連中である。
 おるかも集中できないらしく、赤を擂ったり単純作業をしていた。

中庭の苔は壊滅状態だ。


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5月27日 日曜日 晴れのちうす曇  黄砂

 昨日は日本中が黄砂に覆われたようだが、今日もなんとなく風景がぼんやりしている。おるかとオットセイは大聖寺の町のギャラリーの「さわやか九谷四人展」を見に出かけた。工房で仕事をしていたTちゃんが出展しているのだ。子育てに忙しい最中なので、新作はなかったが、綺麗にディスプレイしてあった。「花がきれいですね」と器については何にも云わず、活けてあった鉄線などばかりをほめていたのは、別に他意はない。ほんとにいい花だった。


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5月28日 月曜日 晴れ

 午前中、歯医者さんに行ったおるかは、口の中をガリガリされて神経的にまいったとこぼす。そして帰ってみれば水周りの工事でやはりガリガリ大変な音だ。「なんだか大宇宙と小宇宙の照応のようだねー!」。 なんとも情けない万物照応である。「私の背骨はアクシス・ムンディ〜♪」と妙な歌を歌いながら歯を磨いている。

 そんなこんなで、おるかの痩せは止まらず、能面の「痩女」そっくりの翳が頬についている。現在169センチ47キロ。「45キロ切ると立ちくらみしちゃうんだよねー。切りたくないなー」と言っているがもう来週中にも切りそうな様子である。


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5月30日 水曜日 曇り一時小雨

 工事のかたがもう八時過ぎにいらっしゃる。そしてせっせと夕方六時近くまでお仕事だ。我輩は二階の窓から眺めていたが若い人たちが頭が下がるような真面目なしごとぶりである。五月の永い一日も暮れかけるころになって、きれいに掃除をして帰る。その感心な若者に外猫シロは猫パンチをだしていた。まったく…。

陶磁組合のI氏がお見えになった。白髪をポニー・テールにして藍の作務衣、鋭い眼光、そしてとってもかわいい車。

 きょうは他にもお客様があった。京都からお見えになった若い方で祇園の川上でうちのことをお聞きになったとのこと。せっかくご遠方から来てくださったのに、取り込み中で仕事場を御覧になっただけでお帰りになった。なんだか申し訳なかった。


 






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